鳥居をくぐって
寺とか神社とか鳥居とか。
垂水神社 2
垂水神社つづき。

本殿に向かう階段の下を、左に行く。

P1280315.jpg

垂水の滝。
「垂水」というのは、「滝」の古語なんだとか。
垂水、と言うか阪急千里線沿線って、千里丘陵だから、
高低差があるので、滝があったってふしぎはない。

P1280327.jpg

津くよみの池。

P1280330.jpg

その奥に垂水の滝の本滝。

滝を左手に見ながら、奥に進むと、

P1280336.jpg

垂水不動社。

P1280337.jpg

額。

P1280342.jpg

社号標。
不動「社」だから、社号標でいいんだろうけど、お祀りされているのが、
不動明王だと思うと、寺号標か?いや、神社だし、やっぱ社号標か?
と、迷ってしまう。

いや、お不動さんは、弁天様大黒様ほどでなくても、たまに見るから、
珍しくはないけれど。
いや、市杵嶋姫と大国主命に置き換えられる、弁天様大黒様とは、
ちょっと異質か。
そういえば、不動明王を本地仏とする神様って、どなたかしら?
調べたら、貴船神社の本社の本地が、不動明王とか。
へー。
イメージ的には、タカオカミノカミは水、不動明王は火なんだけどな。

P1280344.jpg

お堂。
う~ん、これも社殿と呼ぶ方がいいのか?

P1280345.jpg

じっくり探してみたけど、ネコは居ませんでした。
残念。


にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ 
関連記事




コメント
▼この記事へのコメント<(あれば表示)
はじめまして
ふと、目にとまりましたのでコメントしました。
二年前まで真言宗僧侶をしておりましたものです。

不動社が神道の神様に置き換わっていたのは明治の廃仏棄釈の影響だと思います。
明治期に、国学者本居宣長さんの影響もあってそれまで神様仏様が混じりあっていたのを神社、寺院を明確に分けなさいと御触れを明治政府が出しました。それによって今まで寺院は、役所の代わりもしていたのでキリシタンでない事を証明するための檀家制度などがあり現在でも檀家回りするのは江戸時代の名残です。そうした背景と寺院が神社を管理して僧侶の下に神主という構図が出来上がっていましたが明治維新で国の道徳は神道であると明確に示した事と天皇を元首とした近代国家を作りあげるために皇室神道が確立します。その為、全国では寺院を壊せ、坊主を殺せなどいろいろおこります。特に廃仏棄釈が吹き荒れたのは今の鹿児島県ですが…

檀家制度の代わりにできたのが神社の氏子制度だったりします。

そうした背景で神社として生き残ろうとした寺院が数多くあり有名はものでしたら香川の金刀比羅宮が代表的でせよ。

2015/03/26(木) 16:34:31 | URL | by龍馬 (#-) [ 編集]
Re: はじめまして
詳しいコメントありがとうございます。
明治の神仏分離で、失われた仏像や、お寺も多くあったと聞きます。
しかし、弁天様を市杵嶋姫に、牛頭天王を素戔嗚尊に、など、
名前変えたらOKなところを見ると、ゆるいところはゆるかったんじゃないか、
などと、神社のお地蔵さんや、お不動さんを見ると思ってしまいます。

> 檀家制度の代わりにできたのが神社の氏子制度だったりします。
氏子制度って、結構新しいんですね。
てっきり、氏子と檀家は並立しているものだと思ってました。
2015/03/26(木) 21:32:25 | URL | by猫舌=・ω・= (#EpxNsFzw) [ 編集]

■ コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

▼この記事へのトラックバック(あれば表示)