鳥居をくぐって
寺とか神社とか鳥居とか。
12月9日後半
この日の後半は、一度行ったところばかりなのでまとめて。

嵐電嵯峨から南へ。

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長慶天皇嵯峨東稜。

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同じ敷地内、南隣にある、長慶天皇皇子承朝王墓。
ここから西側の路地に抜けて、南に行くと、天皇陵の南隣に、

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安倍晴明公嵯峨墓所。
この背後というか、東隣に、

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角倉稲荷。
この辺りは嵯峨天龍寺角倉町と言って、地名由来の神社名かと思ったが、
ご近所の方のお話だと、角倉了以(すみのくらりょうい)も、お祀りしているのだとか。
角倉了以は、高瀬川、大堰川を、私財を投じて開削した人。
そもそも地名が、角倉翁由来だったはず。

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高瀬川沿いにある、廃校になった京都市立立誠小学校の所に、レリーフがある。
角倉 了以は今年没後400年を迎える。

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社殿にかかった四枚の額には、特に角倉翁の名はない。
私たちは、たまたまご近所さんの話を聞けたが、
ちょっとした説明書きでもあればいいのになぁ。
嵐山のメインから少しだけ離れてて、
ちょっと奥まったところにあるのであんまり人が来ないとか。

角倉神社を後にして、大堰川沿いを嵐山へ向かう。
渡月橋近くの、土産物屋の横に鳥居があり、そこを入っていくと、

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大井神社。
横の説明書きによると、御祭神は宇賀霊神。
古来、大堰川の守り神、商売繁盛の神として、住民の信仰も篤く、
また、秦氏や角倉了以の信仰も篤かったという。
ここも、表通りに面したところに、簡素な鳥居こそあるけれど、
その奥はズラッと駐輪場で、なかなか奥まで入りにくい感じ。
それでも由緒ある式内社なんだけどね。

この後、お昼を食べて、次は車折神社へ。
嵐電の、そのものズバリ車折神社駅で降りると目の前。

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ここの芸能神社には、有名人の玉垣がズラッと並んでいる。
一人で来たときは、ニヤニヤ眺めるだけだったが、そこはおばちゃん二人。
これあの人?この人知ってる、とかキャイキャイやってるうちに、時間は過ぎ、
まだ行きたいところはいろいろあったけど、お開きになりました。


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