鳥居をくぐって
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崇禅寺 2 ~旧ブログから
この記事は、このブログを始める前に、
「猫舌日記」「猫舌日記つづき」に取り上げた物を、
写真を増やしたり、書き直したりした物です。


大阪市東淀川区東中島5丁目-27-44

崇禅寺に何をしに来たかというと、あれがあると聞いてきたわけですが、
特に観光寺院というわけでもないので、分かり易い道しるべがあるわけでなく。
道しるべが全然無いわけでもなく。

とりあえず、御朱印をいただいたときに場所を聞いて、
墓地の奥の方へ。

P1050884.jpg

途中見かけた、なにやらそれっぽいもの。
「崇禅寺馬場遠城兄弟の墓」
だれ?
剣術の試合で、末弟に負けた相手が逆恨みをして、
闇討ちを仕掛けて殺す。
兄二人が仇討ちのため崇禅寺に呼び出す。
相手は多数の助っ人を呼んでいたので、返り討ちに遭う。
私は全く知らなかったけれど、
映画や落語の題材にされている有名な仇討ち話らしい。
Wikipediaで調べたら、敵を探して大阪に出た兄弟は、
生國魂神社近くで敵と出会うが、相手が「神域を汚すのは、ちょっと」
と言うので、じゃあ崇禅寺馬場で、と言うことになったらしいが、
神社はだめでも寺ならいいんかーいアァ?( ´Д`)σ)Д`)ァゥァゥ

P1050881.jpg

兄弟のお墓。

P1050879.jpg

「崇禅寺馬場遠城兄弟終演之地」の石碑と、
「遠城兄弟之塚」

そして、遠城兄弟の墓を通り越して。

P1050878.jpg

ここが目的地。

P1050874.jpg

中央に足利義教の墓(首塚)。
京都で足利義教を殺害した赤松満祐は、本領に戻る途中崇禅寺に
義教の首を置いていったと言うことで、当時の摂津守の細川家に
寄付を受け、義教の菩提寺の一つとなり、曹洞宗に転宗。
細川氏の菩提寺の一つにもなった。

P1050876.jpg

その右側に、徳叟亨隣大和尚の墓。

P1050875.jpg

そして、首塚の左がこれ。
秀林院細川玉子之墓。
オルガンティノが屋敷の燃え跡から遺骨を探し出し、
堺のキリシタン墓地に埋葬されたものを、崇禅寺に改葬したのだそうで。

まあ、葬式は教会葬をやったって言うし。
本人はお墓には居ませんってな歌もあるし。
寺に葬られてても、本人は、風になって近くの教会にでも行ってるだろうから、
いいんじゃないかな。


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