鳥居をくぐって
寺とか神社とか鳥居とか。
辨慶石
京都市中京区弁慶石町 三条麩屋町東入北側

よーじやカフェの入ってるビルの階段下。

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左下の石板に謂われが書かれているのだけれど、所々読めなくて、
よくわからないが、弁慶が熱愛した石で、奥州にあったんだけれども、
三条京極に行きたいと発声鳴動し、付近に熱病をまき散らかしたもんで、
京都のお寺に預けられ、最終的にこの地に祀られたとか。


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京都バスケットボール発祥の地
京都市中京区中之町

楢崎家跡から北上し三条通と交差する角。

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碑文には、1915年京都YMCA 佐藤金一氏とF・H・ブラウン氏によってバスケットボールの歴史がこの地で始まる
と、書かれてある。

京都YMCAは、ちょうど工事中でついたてしか写ってませんが。


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楢崎家跡
ご無沙汰しております。
「冬までさよーならー」とか言っておきながら、
気がつけば立春はすぐそこに!

いやね、ブログは書いてなかったけど、全然動いてなかったかというと、
そうでもなく~
かといって動いてたのかと言われるとそれほどでもなく。
まあちょっと史跡は見てたので、まあその辺からぼちぼちと。


京都市中京区柳馬場通り三条下る槌屋町84-1

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居酒屋さんの玄関の一角にある石碑。
写真にありように、宴会は要予約…
そこじゃない(笑)

坂本龍馬の妻お龍の実家付近だそうです。


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かぶとみち
愛用の神社仏閣史跡巡りアプリ、ポケモンGO(笑)
ポケストップには多くの公園が登録され、
公園というのはその中とか周辺に、小祠やお地蔵さん、
史跡なんかが設置されていることがある。

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豊北(とよきた)公園。
チョケたお子様心をくすぐる形をしている。
とりあえずポケスト回しておく。
クルクル~。

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入り口の脇にはお地蔵様。

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入ってすぐのところのオブジェ。
切り株型のところに貼ってある言葉を読むと、
「この辺りから淀川にかけての一帯は昔から「かぶと」と呼ばれ、
「かぶとみち」の名前が今でも残っているのだとか。
横のグレーの物体はカブトムシなんですね、たぶん。

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地面にはカブトムシと折り紙のかぶとをデザインしたプレート。

でも「かぶとみち」のかぶとはカブトムシ由来じゃないよ。
「かぶとみち」の由来はここから北東に500mくらい行ったところにある、

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かぶと公園に。
ちなみにココはジム。
ポケGOのジム戦はやったことないので、とりあえずポケモンだけ探す。

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源平の戦いに敗れた平景清が、匿ってくれた伯父を誤って
殺してしまったのを悔やんで、この辺りで「かぶと」を脱ぎ捨てて
立ち去ったことが由来らしい。

そして、先日読んだ本に、この平景清の伝説が残る公園が、
また別にあるというので、そこへ向かう。
かぶと公園から北へ1キロちょっと。

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途中、雪鯨橋で有名な瑞光寺の近くを通ったので寄ってみた。

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アレ?なんか違う。

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13年4月の写真。
桜の木の向こうのおうちがなくなってるんだわ。
なんか建つのかな?

そんなことを気にしながら、次の公園に向かう。

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小松公園。
もちろんポケストなので回す。

ここに伝わるのは、「悪七涙池伝説」

平景清こと悪七が、壇ノ浦の戦いで敗れ小松にいた伯父、大日坊の元を訪れた。
大日坊は哀れんで土蔵に匿うが、落ち武者狩りは近隣にまで及び、
食事も十分に与えられなかった。
やせ細る悪七がかわいそうになった大日坊は、下男に「悪七に食わせるそばを打て」と命じる。
ところが土蔵の中の悪七は、これを「悪七を討て」と聞き誤り、
信頼した伯父まで俺を裏切るのかと腹を立て、いきなり飛び出して大日坊を斬り殺してしまった。
そこへ下男がそばを持って現れ、己の短慮に気づいた悪七は、
狂ったように外へ走り出て近くの池で血刀を洗い、
泣きわめきながらいずこへとも無く去って行ったのだとか。

この刀を洗った池(涙池)のあとがこの「小松公園」で、
大日坊誤殺を後悔して、二度と武士には戻るまいと、
甲を脱ぎ捨てたのが「かぶと公園」なんだとか。

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この公園には大きな石碑があり、これが「悪七伝説の碑か」と見てみると、
「上中島区割整理記念碑」
全然違うかったわ。


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伝法川跡
大阪市此花区伝法5丁目3

庚申堂から次の目的地に行く途中。
ふと横道を覗いたら、抜けたところに公園が見えた。
公園ならベンチもあろうと、一休みするために行ってみた。
ベンチに腰掛け眺めていたら、コンクリート壁に壁画が描かれている。
階段もついてて上れるよう。

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壁の向こう側はこうなっていて、伝法港という、淀川の漁港らしい。

伝法5丁目と書いたが、Googleマップだとこの辺は酉島2丁目っぽい。
伝法と酉島にまたがる地域にあるようだ。

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角っこに建って振り返ると、なにやら石碑が建っている。
横には此花おもしろトレイルルートの看板も有る。

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伝法川跡の石碑。

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裏側になにやら書いた石版があったけど、読めまへん(;^ω^)

おもしろトレイルの看板によると、昔は鴉宮の敷地は島になっていて、
伝法川の終着地点だったそうで、伝法地区にたくさんあった造り酒屋の酒を
江戸に運ぶ玄関口だったのだとか。


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深江の史跡とか
大阪市バスに乗って深江のバス停で降りた。
そして早々に一休み(笑)

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公園で、ポケモンGOを開いて、周辺の史跡を探る。
特に心惹かれるところはなかったので、目的地に向かおうとしたら。

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なんか、看板が立ってる。
「深江の菅田」
そういえば以前、深江稲荷に行ったとき、菅笠の石碑が建ってたっけ。

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深江稲荷前の石碑。
その昔、上町台地の東側の湿地帯だったこの辺りは、良質の菅がとれたので、
笠作りの一族が移住してきて、お伊勢さんなどに笠を納めていたんだとか。

現在都市化が進み、菅田は姿を消したけれど、
地元の有志の方々が、菅田を復興させたんだそうだ。

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そして、深江稲荷のお向かいにあった家。
「菅笠の里 人間国宝 角谷一圭生家 深江歴史文化委員会」
と、書いてあったから菅笠の職人さんかと思ったら、
茶の湯釜の職人さんだそうです。

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道の向こうにお墓発見。
なんか石碑建ってるし、何かあるかも?

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石碑に書いてあったのは「免許 墓地」の文字。
墓地って免許要るんや。
まあ、勝手にその辺にたてられんへやろからな。
あれ、深江から来たから大阪市の墓地かと思ったら、
足代墓地って書いてあるから、東大阪市だね。
大阪市で検索してもでないはずだわ。


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勝竜寺城公園 ~旧ブログから
この記事は、このブログを始める前に、
「猫舌日記」「猫舌日記つづき」に取り上げた物を、
写真を増やしたり、書き直したりした物です。


長岡京市勝竜寺13-1

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九曜紋をかたどったベンチとお堀の向こうに見える、
勝龍寺城公園。
後ろに見える「長岡ガラシャ祭り」は、11月に行われる祭りで、
勝龍寺公園の整備を記念して、
明智光秀三女玉のお輿入れの様子を再現した行列が出るのだとか。
私が行った前日がお祭りだったんだって(笑)

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入り口には「明智光秀公三女お玉お輿入れの城」という石碑。
この辺を廻ったのを旧ブログから持ってくるのに、とっかかりとして、
大阪城のとこのガラシア像を見に行ったようなもん(笑)

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橋を渡った先に、勝龍寺城公園の石碑。

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そして龍を彫った石柱。

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四角く囲った四隅に小さい狛犬。

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てっぺんにも狛犬。
てか、獅子?ライオンのようなたてがみだ。

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休憩スペースとか、展示とかしてた建物。

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細川忠興と、玉の像。

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二人とも、着物に柄まで入ってるのね。


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舎密局跡
中央区大手前三丁目

神社をお参りするときにあげる祝詞。
かけまくもかしこきなんとかじんじゃのおおまえを
おがみまつりてかしこみかしこみまをさく云々
てやつ。
長くて覚えられないので、もっぱら略拝詞の
はらいたまえ きよめたまえ
まもりたまえ さきわえたまえ×3
で済ませてますが。

うる星やつらのサクラ先生(アニメ版)の
はらったまっ きよったまっ
ってやつですね。

…と言う前振りをしておいて。

大阪城の大手門の方から、大阪府警の横を通って、
本町通りを谷町四丁目駅に向かう途中。

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出たよ、道路邪魔系、っていうか歩道邪魔系。
大体こういうのは、退かせられないご神木とか、
越中井みたいな井戸とかそういうのがあって、
神社とか、越中井はお地蔵さんなんかが祀られてたりしたもんだ。

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ぐるっと回ってみたが、中には入れない。
これか、この木か?

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中には入れないのに、説明の石版は半分植木に埋もれてる。
冬場でこうなら、まあほとんどオールシーズン読めない。

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そしてメインの石碑は、道路側に面してて、普通に歩いてたら見えない。

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こそこそ道路に出て撮ってきた。
史跡舎密局跡の石碑。
せいみきょくあと
舎密とは、オランダ語の理・化学を意味する。
明治時代の科学技術の研究教育機関。
正直、施設そのものが一部でも残ってるわけじゃなければ、
こんなにスペースいらないんじゃないのー?

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やっぱりこれか。
さっきからチラチラ写ってる、この祠。
やっぱりご神木系なのか。
単に史跡じゃなくてやはり、道路邪魔系神社なのか。

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意外なところに、ここがやっぱり神社系だという証拠が。

Koenraad Wolter Gratama
クーンラート・ヴォルテル・ハラタマ
K.W.ハラタマ博士
ハラタマ!キヨタマ!はらたま!きよたま!
と、冒頭の前振りにつながるわけで(笑)

冗談はさておき。
この方は、大阪舎密局の教頭の、オランダ人化学教師だそうです。
大阪府警側の歩道を歩いていたら、この像くらいしか見えないんだよね。


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大阪城の史跡と小祠
大阪城の南側。
駐車場の隣辺りの入り口から入る。

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たぶん春は桜がきれいなんだろうな。

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城南射撃場跡。

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その先に小さな祠。

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なんの祠だろうか。
もちろんポケストップだから知ったわけですが。

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おわかりいただけるだろうか。
背後に天守閣が見える。
天守の南の守護としておかれてるのか?

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中にはこんなかわいらしいお地蔵さんが。
まあ、どう見ても元々の像は失われて、誰かが新しいの置いたんだよね、
って感じですが。


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出世地蔵尊と史跡
聖マリア大聖堂の北側にある越中公園。

ゆきがしんしんふるあさは~
つるぎたてやまくろべはさむく~♪
越中と言えば、越中日本海味噌。
もしくはふんどし。
越前、越中、越後の日本海側の地域。
それくらいしか思い浮かばないけど、どれに関係あるのかな?

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その越中公園の歩道側にあったのが、
「青刻昆布発祥の地」の石碑。
昔この辺で昆布が採れたのか?と思ったら、加工品の方らしい。
ああ、塩昆布とか佃煮とかおぼろ昆布とろろ昆布とか。
昆布加工のお店は多いよね。

とろろ昆布をお椀に入れて、ちょっと醤油垂らしてお湯かける、
簡単お吸い物とか好きでした。

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そのまま大阪城に向かって北上すると、道路邪魔系というか、
歩道が大きく張り出したところにお地蔵さんとか石碑。
お地蔵さんは、出世地蔵尊で、石碑と言うかその前にある四角いのは、
越中井、井戸らしい。

大阪市中央区法円坂1丁目2−1

ここには、細川越中守忠興の屋敷があり、
越中井はそこの台所にあった井戸だそうで、
ガラシャ夫人最期の地がここにあったのだそうだ。
越中公園も越中井も、細川越中守の越中なのね。
細川忠興って、長岡京の人かと思ってたんだけど、
越中の方に赴任してたこともあったのかーと思ったら、
どうの地名の越中は関係無いっぽい?
○○守ってなってても、そこに居たわけでもない人も大勢いるっぽい?

石碑には「越中井細川忠興夫人秀林院殉説之遺址」と書いてある。

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お地蔵さんの手水についてるこれは、なんの印かな?
細川さん家は九曜紋。
明智さん家は桔梗紋。

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越中井の裏側のこの位置に、

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細川屋敷跡の石碑が建ってました。

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そのすぐ横に、なにやら意味ありげな建物が。

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最近出来たみたい。

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一見教会っぽいが、てっぺんは桜っぽい。

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しかもオブジェは仏像っぽい。
なんの建物かな。
細川屋敷ゆかりなのかも謎。


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