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鳥居をくぐって
寺とか神社とか鳥居とか。
四条通と堺町通の交差点付近
SMBC日興證券の角っこ。

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佐賀鍋島藩屋敷跡。

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ここから隣のみずほ証券に行くと。

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歩道沿いのチラシ立ての向こう側に。

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円山応挙宅址。

化け猫騒動で有名な佐賀鍋島藩と、
幽霊画で有名な円山応挙がお隣さんと言うことに、
なかなかの趣を感じるのだった。


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高瀬川沿い
阪急河原町駅と、先斗町の間、マツモトキヨシのすぐそばを流れる高瀬川。
東側の道沿いを北へ向かうと、「本間精一郎遭難之地」の石碑。

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勤皇の志士本間精一郎が、同士に討たれた地だそうだ。
そこからさらに北へ進むと、

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旧立誠小学校跡地。
日本映画発祥の地の立て札があったり、
高瀬川を作った角倉了以のレリーフがあったりする。

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小学校から北側の高瀬川。

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その北側に写っている橋のたもとに、土佐藩邸跡の石碑。

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橋を渡ったところに、七之舟入址。
今は駐輪場になっているみたい。
高瀬川に浮かんでいるのは高瀬舟。
底の浅い運河で運用される、船底が平らな小舟。

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橋を渡ってそのまま西に、河原町通りを目指すと、岬神社(土佐稲荷)

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横道突き抜けて、河原町通りに出て、南に下ると、中岡慎太郎寓居跡。
この辺りは史跡が多くて、まだまだ見落としがあったりする。
京都に行く機会は多いんだが、もう暑いからなー(;^ω^)


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大阪市文学碑 谷崎潤一郎
大阪市営地下鉄日本橋駅7号出入り口の所。

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「蓼喰ふ蟲」の一説が書かれた石碑。


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二ツ井戸旧跡
大阪市北区西天満1丁目6−8

国立文楽劇場の前に、こんな史跡があった。

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二ツ井戸𦾔蹟
井戸かー、井戸なんだー。

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でも埋められてる?

背後に書かれた説明によると、元々は道頓堀の東側にあって、
二つ並んで掘られた井戸は珍しいと、江戸時代には名所になっていたとか。
明治時代の都市計画で撤去されそうになったところ、
西側にあった粟おこし屋のご主人が、払い下げを受けて店頭に移設。
その井戸も大正時代に出なくなって、
第二次世界大戦の空襲で井戸枠も修理出来ないほどボロボロに。
戦後、江戸時代に店があった場所に移転した粟おこし屋の店先に復元され、
町の人にも愛された二ツ井戸だったが、平成12年に姿を消した。
後に標柱と銘板が見つかったので、後世に残すためここに復元された。

と言うことで、井戸枠の復元のようです。


ふははははー。
朝から強烈なバイブ機能付きの目覚ましで起こされたぜー。
いや、起きてたけど。
我が家は、揺れと同時に猫がダッシュで私の元から逃げたことに対する、私の心の傷以外には被害はなかったのですが。
ひどいよね、その寸前に「ごは~ん」ってすり寄っといて、ゴゴゴときたら、私を置いてすっ飛んで逃げたの。
家の中でだけど。
これが、東北、熊本並の前震か、それともこのまま収束するか、ちょっと予断を許さないので、ドッキドキですが。
ちなみに近所のコンビニは、午後に行ったら、弁当類は売り切れだったけど、お水とかは普通に売ってました。
ドラッグストアは混んでたけど、買い占めと言うほどでもなく。
赤ちゃんのいる人がとりあえず、おむつの確保に来てる感じでした。
とりあえず、生存報告。


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川崎孫四郎自刃の碑
いくたまさんで、このまま帰るのもなんだし、近場で何かないかいなーっと、
スマホで地図見てたらありました。
いくたまさん出てすぐのところに。

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正面の鳥居を出たところから見ると、
右手の生玉公園の角のところに、二基の石碑。
左の石碑に、
「水戸藩士 贈正五位 川崎孫四郎自刃の所」
と、書いてある。
右の石碑には、
「勤皇烈士 贈正五位島男也之旧居」
と、書いてある。

川崎孫四郎は、桜田門外の変後、
大阪挙兵をはかり幕吏に追われてこの地で自刃。
笠間藩士の島男也は、大阪謀議のため幕吏にとらわれ、
江戸伝馬町獄にて死没。
と、立て札に書いてあった。

ところで関係ないが、島男也は「しまおなり」と読むようだが、
調べる前は「おとや」と読んでおりました。
おかげで私の脳内ではW本ボイスで「オトヤサ~ン」と(笑)
いや、わかる人でもわからないネタでごめん。


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辨慶石
京都市中京区弁慶石町 三条麩屋町東入北側

よーじやカフェの入ってるビルの階段下。

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左下の石板に謂われが書かれているのだけれど、所々読めなくて、
よくわからないが、弁慶が熱愛した石で、奥州にあったんだけれども、
三条京極に行きたいと発声鳴動し、付近に熱病をまき散らかしたもんで、
京都のお寺に預けられ、最終的にこの地に祀られたとか。


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京都バスケットボール発祥の地
京都市中京区中之町

楢崎家跡から北上し三条通と交差する角。

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碑文には、1915年京都YMCA 佐藤金一氏とF・H・ブラウン氏によってバスケットボールの歴史がこの地で始まる
と、書かれてある。

京都YMCAは、ちょうど工事中でついたてしか写ってませんが。


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楢崎家跡
ご無沙汰しております。
「冬までさよーならー」とか言っておきながら、
気がつけば立春はすぐそこに!

いやね、ブログは書いてなかったけど、全然動いてなかったかというと、
そうでもなく~
かといって動いてたのかと言われるとそれほどでもなく。
まあちょっと史跡は見てたので、まあその辺からぼちぼちと。


京都市中京区柳馬場通り三条下る槌屋町84-1

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居酒屋さんの玄関の一角にある石碑。
写真にありように、宴会は要予約…
そこじゃない(笑)

坂本龍馬の妻お龍の実家付近だそうです。


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かぶとみち
愛用の神社仏閣史跡巡りアプリ、ポケモンGO(笑)
ポケストップには多くの公園が登録され、
公園というのはその中とか周辺に、小祠やお地蔵さん、
史跡なんかが設置されていることがある。

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豊北(とよきた)公園。
チョケたお子様心をくすぐる形をしている。
とりあえずポケスト回しておく。
クルクル~。

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入り口の脇にはお地蔵様。

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入ってすぐのところのオブジェ。
切り株型のところに貼ってある言葉を読むと、
「この辺りから淀川にかけての一帯は昔から「かぶと」と呼ばれ、
「かぶとみち」の名前が今でも残っているのだとか。
横のグレーの物体はカブトムシなんですね、たぶん。

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地面にはカブトムシと折り紙のかぶとをデザインしたプレート。

でも「かぶとみち」のかぶとはカブトムシ由来じゃないよ。
「かぶとみち」の由来はここから北東に500mくらい行ったところにある、

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かぶと公園に。
ちなみにココはジム。
ポケGOのジム戦はやったことないので、とりあえずポケモンだけ探す。

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源平の戦いに敗れた平景清が、匿ってくれた伯父を誤って
殺してしまったのを悔やんで、この辺りで「かぶと」を脱ぎ捨てて
立ち去ったことが由来らしい。

そして、先日読んだ本に、この平景清の伝説が残る公園が、
また別にあるというので、そこへ向かう。
かぶと公園から北へ1キロちょっと。

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途中、雪鯨橋で有名な瑞光寺の近くを通ったので寄ってみた。

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アレ?なんか違う。

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13年4月の写真。
桜の木の向こうのおうちがなくなってるんだわ。
なんか建つのかな?

そんなことを気にしながら、次の公園に向かう。

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小松公園。
もちろんポケストなので回す。

ここに伝わるのは、「悪七涙池伝説」

平景清こと悪七が、壇ノ浦の戦いで敗れ小松にいた伯父、大日坊の元を訪れた。
大日坊は哀れんで土蔵に匿うが、落ち武者狩りは近隣にまで及び、
食事も十分に与えられなかった。
やせ細る悪七がかわいそうになった大日坊は、下男に「悪七に食わせるそばを打て」と命じる。
ところが土蔵の中の悪七は、これを「悪七を討て」と聞き誤り、
信頼した伯父まで俺を裏切るのかと腹を立て、いきなり飛び出して大日坊を斬り殺してしまった。
そこへ下男がそばを持って現れ、己の短慮に気づいた悪七は、
狂ったように外へ走り出て近くの池で血刀を洗い、
泣きわめきながらいずこへとも無く去って行ったのだとか。

この刀を洗った池(涙池)のあとがこの「小松公園」で、
大日坊誤殺を後悔して、二度と武士には戻るまいと、
甲を脱ぎ捨てたのが「かぶと公園」なんだとか。

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この公園には大きな石碑があり、これが「悪七伝説の碑か」と見てみると、
「上中島区割整理記念碑」
全然違うかったわ。


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伝法川跡
大阪市此花区伝法5丁目3

庚申堂から次の目的地に行く途中。
ふと横道を覗いたら、抜けたところに公園が見えた。
公園ならベンチもあろうと、一休みするために行ってみた。
ベンチに腰掛け眺めていたら、コンクリート壁に壁画が描かれている。
階段もついてて上れるよう。

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壁の向こう側はこうなっていて、伝法港という、淀川の漁港らしい。

伝法5丁目と書いたが、Googleマップだとこの辺は酉島2丁目っぽい。
伝法と酉島にまたがる地域にあるようだ。

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角っこに建って振り返ると、なにやら石碑が建っている。
横には此花おもしろトレイルルートの看板も有る。

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伝法川跡の石碑。

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裏側になにやら書いた石版があったけど、読めまへん(;^ω^)

おもしろトレイルの看板によると、昔は鴉宮の敷地は島になっていて、
伝法川の終着地点だったそうで、伝法地区にたくさんあった造り酒屋の酒を
江戸に運ぶ玄関口だったのだとか。


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