鳥居をくぐって
寺とか神社とか鳥居とか。
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末廣大神 ~旧ブログから
この記事は、このブログを始める前に、
「猫舌日記」「猫舌日記つづき」に取り上げた物を、
写真を増やしたり、書き直したりした物です。


摂津市正雀本町1丁目24

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鳥居。

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阪急正雀駅近くにある神社。
くわしいことはよく解らない。

私が住んでた、昭和の時代にはなかったと思うけどなー。
気づかなかっただけかなー。
いや、しかし通学路だったんだけどな。


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(稲荷社)
摂津市千里丘東4丁目2

阪急を使って、京都方面からの行き帰り。
時々目について、気になっていた神社。
ぼやっと、気になっていただけなので、ちゃんとした場所が解らない。
そんなときはGoogle先生に聞いてみよう!

ってことで、摂津市駅のすぐ南の踏切脇と解った。
駅近だから、すぐに行けるね(´∀`)

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踏切脇にあって、なんとなく交通安全的な神社かな?
と、思ってた。
とりあえず、社号標や額は見あたらず。

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大きい方の祠の中を覗く。
キツネさんがいて、お供え物もあって、お世話されてる方はいらっしゃるご様子。

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小さい祠にはキツネさんはおらず。
お供えは同じようにある。
器の柄は同じ。
宝珠。
宝珠は別にお稲荷さん専用でもないしなー。
ああ、でも稲荷紋になるのかな?

とりあえず、大きい方の祠に、キツネさんがいらっしゃるので、
稲荷社と呼んでおこう。


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中真神社
摂津市別府1丁目5
ちゅうしんじんじゃ。

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住宅街の細い路地が、さらに二又に分かれたところにある神社。
( ゚д゚)ハッ!
道の真ん中にあるから、チュウシン神社なのねぇ~?
たぶん違う。

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鳥居の手前に、手水と立て札。
立て札には、
「この鳥居は延喜元年
菅原道真公ゆかりの元
三本松天神跡にあった
ものを、一部修復して、
この地へ移築したも
のである。
昭和五十八年十月
中真神社」

うっかり延喜元年に移ってきたのか、と思いましたが、
この年号は、鳥居が元々あった三本松天神のもとになった、
「道真公が太宰府に行く途中、鳥飼の地によって、松を植えた。
その三本の松を、神社名にした」
というエピソードが延喜元年だったらしい。

三本松天神自体は、明治時代に藤森神社に合祀、廃社となり、
跡地も淀川堤防改修で削られ、鳥居だけになっていたところ、
鳥居はここ中真神社に移築されたと。

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鳥居には「三本松之社」と刻まれている。

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お社。
御祭神は、三本松天神ゆかりで、菅原道真かと思ったら。

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素戔嗚尊のようです。
ですよね。
三本松天神は、藤森神社に合祀って、さっき書いたじゃーん。


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味舌天満宮
摂津市三島3-9-3
ましたてんまんぐう。

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社号標。

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鳥居。

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手水舎。

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摂社八幡神社。

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伏牛。

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稲荷社。

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春日社。

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拝殿。
御祭神は、菅原道真・天照大神・天忍穂耳命・瓊瓊杵命
鵜葦草葦不合命・天児屋根命。

本殿と、八幡神社は、織田信長の、弟の五男の織田大和守尚長が
造営した物だそうで、大阪府の指定文有形化財になっている。
写真は11年10月の物。

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ご朱印は、正月にいただいた。

子供の頃、近所に住んでいて、普段は遊び場として、
しょっちゅう行ってたんだけど、
うちは子供の頃、初詣と言えば、京都の八阪さんだったので、
正月の味舌天満宮にいったことは一回しかなかった。

その時も、ご近所の人が、ちらほらいる程度だったんだけど、
今回何十年ぶりかに行ってみたら、
拝殿に向かう参道に何十人かの列。
しかも、誰かが、長いお詣りで止めてたとかでなく、
次から次へと人が来る。

元旦だからか、近所に住む人が増えたからか。
私が知らなかっただけか。
ちょっとビックリしました。


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八幡宮(摂津市)
味府神社の由緒書きにあった、新在家の八幡宮。

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住宅地の中にあり、道が細くてちょっと迷った。

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手水。
水口はホース?

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摂末社。

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拝殿。
拝殿前の狛犬は、よく見る、新しいタイプのもの。
だいたいこの手のデザインの狛犬は、石も白くてくすんでなくて、
彩色ありのものは、色落ちもハゲもないのがほとんどなので、
てっきり平成に入ってから位の建立かと思ってたら。

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46歳か。
アラフィフやん。
同年代、同年代(笑)
あ、まだ10月になってないから45歳?
失礼しました(;^ω^)

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本殿。
特に由緒書きとかなかったので、正確にはわからないが、
味府神社の由緒書きや、八幡宮という社名から見ても、
八幡神(応神天皇、ホンダワケノミコト)が祀られているのは、
間違いないだろう。

もしかしたら、とーちゃん(仲哀天皇)かーちゃん(神功皇后)も
いるかも知れない。


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味生神社
あじふじんじゃ。

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社号標。
厄除招福若一王子宮味生神社、と書いてある。

先日味府神社に行ったときに由緒書きで、
「御祭神は、天照皇大神、若一王子、八幡大神だったが、長岡遷都に伴い、
 天照皇大神をこの別府の地に、若一王子を一津屋に、
 八幡大神を新在家に遷して、三社とした」
とあったので、家帰って調べてみたら、
ちゃんと一津屋と新在家に神社があった。

その若一王子が祀られたのが、この味生神社。
ちなみに、味府も味生も読みは同じあじふ。
誤字じゃないのよ(笑)

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手水舎。

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鳥居リサイクル。
くぐろうと思えば、くぐれんこともない。

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拝殿。

ウィキペディアによると、御祭神は、素戔嗚尊、天照大神、八幡大神。
あれ?若一王子はどこへ行った?
調べてみると、若一王子は神仏習合の神で、天照大神や、
ニニギノミコトと同一視され、神仏分離の際に、
御祭神を若一王子から、天照大神や、
ニニギノミコトに変えたところもあったんだとか。
その関係なんでしょうかね?

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拝殿の狛犬。

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裏側の鳥居。



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味府神社
あじふじんじゃ。

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子供の頃摂津市に住んでいたが、安威川より南側は、
ほとんど行ったことがない。
ここも、安威川沿いにあると思っていたら、
安威川の南側に平行して流れる別の川だった。

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社号標。

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手水舎。

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拝殿。

由緒書きによると、もとは鯵生(あじふ)の宮と称し千三百数十年前に、
孝徳天皇が浪速に都を定めし時の、鯵生離宮が始まりらしい。
御祭神は、天照皇大神、若一王子、八幡大神だったが、長岡遷都に伴い、
天照皇大神をこの別府の地に、若一王子を一津屋に、
八幡大神を新在家に遷して、三社とした。
そして後に、春日大神、菅原大神を配祀して三座となる。
とあるから、現在の御祭神は、天照皇大神と、春日大神、菅原大神、
と言うことか。


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藤森神社(摂津市)
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社号標。

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鳥居の向こうの入り口は、背の低い扉になっていて閉まっている。
お参りの方はご自由にお入りください、とあるが、
掛けがねを外してはいるのはとても抵抗がある。
もうひとつ抵抗があるのは、扉の向こうが、どう見ても併設の幼稚園の、
園庭になっていること。
扉が閉まっているのは、園児が外に出ないように、と言うことなんだろう。

元気に遊ぶ園児達のせい…いや、あの…
まあ、そういうことで、手水も使えなきゃ、写真も撮りにくい('A`)
これは、幼稚園が休みの日曜日に来るのが正解か。

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拝殿。
御祭神は、舎人親王、菅原道真。


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