鳥居をくぐって
寺とか神社とか鳥居とか。
生國魂神社 2 ~旧ブログから
この記事は、このブログを始める前に、
「猫舌日記」「猫舌日記つづき」に取り上げた物を、
写真を増やしたり、書き直したりした物です。


大阪市天王寺区生玉町13-9

本殿の右側。

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上方落語発祥の地 米澤彦八の碑
毎年9月に彦八祭りが催される。

ここの並びに、

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天満宮。

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住吉神社。

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突き当たりに、皇大神宮。

また、拝殿の右を奥の方でなく、そのまま階段を降りて左に行くと、

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井原西鶴像。

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お正月にはお餅も供えられてます。

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西鶴像から道なりにそのまま進むと、外に出る。
出たところには、天王寺七坂の一つ「真言坂」
3年前に「天王寺七坂巡り」のスタンプラリーをやったんだけど、
今もやってるのかな?

「3」につづく。


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崇禅寺 2 ~旧ブログから
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大阪市東淀川区東中島5丁目-27-44

崇禅寺に何をしに来たかというと、あれがあると聞いてきたわけですが、
特に観光寺院というわけでもないので、分かり易い道しるべがあるわけでなく。
道しるべが全然無いわけでもなく。

とりあえず、御朱印をいただいたときに場所を聞いて、
墓地の奥の方へ。

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途中見かけた、なにやらそれっぽいもの。
「崇禅寺馬場遠城兄弟の墓」
だれ?
剣術の試合で、末弟に負けた相手が逆恨みをして、
闇討ちを仕掛けて殺す。
兄二人が仇討ちのため崇禅寺に呼び出す。
相手は多数の助っ人を呼んでいたので、返り討ちに遭う。
私は全く知らなかったけれど、
映画や落語の題材にされている有名な仇討ち話らしい。
Wikipediaで調べたら、敵を探して大阪に出た兄弟は、
生國魂神社近くで敵と出会うが、相手が「神域を汚すのは、ちょっと」
と言うので、じゃあ崇禅寺馬場で、と言うことになったらしいが、
神社はだめでも寺ならいいんかーいアァ?( ´Д`)σ)Д`)ァゥァゥ

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兄弟のお墓。

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「崇禅寺馬場遠城兄弟終演之地」の石碑と、
「遠城兄弟之塚」

そして、遠城兄弟の墓を通り越して。

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ここが目的地。

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中央に足利義教の墓(首塚)。
京都で足利義教を殺害した赤松満祐は、本領に戻る途中崇禅寺に
義教の首を置いていったと言うことで、当時の摂津守の細川家に
寄付を受け、義教の菩提寺の一つとなり、曹洞宗に転宗。
細川氏の菩提寺の一つにもなった。

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その右側に、徳叟亨隣大和尚の墓。

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そして、首塚の左がこれ。
秀林院細川玉子之墓。
オルガンティノが屋敷の燃え跡から遺骨を探し出し、
堺のキリシタン墓地に埋葬されたものを、崇禅寺に改葬したのだそうで。

まあ、葬式は教会葬をやったって言うし。
本人はお墓には居ませんってな歌もあるし。
寺に葬られてても、本人は、風になって近くの教会にでも行ってるだろうから、
いいんじゃないかな。


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勝竜寺城公園 ~旧ブログから
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長岡京市勝竜寺13-1

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九曜紋をかたどったベンチとお堀の向こうに見える、
勝龍寺城公園。
後ろに見える「長岡ガラシャ祭り」は、11月に行われる祭りで、
勝龍寺公園の整備を記念して、
明智光秀三女玉のお輿入れの様子を再現した行列が出るのだとか。
私が行った前日がお祭りだったんだって(笑)

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入り口には「明智光秀公三女お玉お輿入れの城」という石碑。
この辺を廻ったのを旧ブログから持ってくるのに、とっかかりとして、
大阪城のとこのガラシア像を見に行ったようなもん(笑)

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橋を渡った先に、勝龍寺城公園の石碑。

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そして龍を彫った石柱。

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四角く囲った四隅に小さい狛犬。

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てっぺんにも狛犬。
てか、獅子?ライオンのようなたてがみだ。

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休憩スペースとか、展示とかしてた建物。

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細川忠興と、玉の像。

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二人とも、着物に柄まで入ってるのね。


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舎密局跡
中央区大手前三丁目

神社をお参りするときにあげる祝詞。
かけまくもかしこきなんとかじんじゃのおおまえを
おがみまつりてかしこみかしこみまをさく云々
てやつ。
長くて覚えられないので、もっぱら略拝詞の
はらいたまえ きよめたまえ
まもりたまえ さきわえたまえ×3
で済ませてますが。

うる星やつらのサクラ先生(アニメ版)の
はらったまっ きよったまっ
ってやつですね。

…と言う前振りをしておいて。

大阪城の大手門の方から、大阪府警の横を通って、
本町通りを谷町四丁目駅に向かう途中。

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出たよ、道路邪魔系、っていうか歩道邪魔系。
大体こういうのは、退かせられないご神木とか、
越中井みたいな井戸とかそういうのがあって、
神社とか、越中井はお地蔵さんなんかが祀られてたりしたもんだ。

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ぐるっと回ってみたが、中には入れない。
これか、この木か?

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中には入れないのに、説明の石版は半分植木に埋もれてる。
冬場でこうなら、まあほとんどオールシーズン読めない。

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そしてメインの石碑は、道路側に面してて、普通に歩いてたら見えない。

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こそこそ道路に出て撮ってきた。
史跡舎密局跡の石碑。
せいみきょくあと
舎密とは、オランダ語の理・化学を意味する。
明治時代の科学技術の研究教育機関。
正直、施設そのものが一部でも残ってるわけじゃなければ、
こんなにスペースいらないんじゃないのー?

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やっぱりこれか。
さっきからチラチラ写ってる、この祠。
やっぱりご神木系なのか。
単に史跡じゃなくてやはり、道路邪魔系神社なのか。

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意外なところに、ここがやっぱり神社系だという証拠が。

Koenraad Wolter Gratama
クーンラート・ヴォルテル・ハラタマ
K.W.ハラタマ博士
ハラタマ!キヨタマ!はらたま!きよたま!
と、冒頭の前振りにつながるわけで(笑)

冗談はさておき。
この方は、大阪舎密局の教頭の、オランダ人化学教師だそうです。
大阪府警側の歩道を歩いていたら、この像くらいしか見えないんだよね。


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生國魂神社御旅所跡
ずいぶん前のgoogleマップ見て、行きたいと思ってたんだけど、
その後マップの仕様変更で消え、見失ってしまい、
大阪城にあるということしかわからなくなってしまった。
大阪城をつぶさに歩けば発見できるのだろうが、
そんな体力も根性もないので、どうしたものかと思っていたら。

そうです、ポケモンGO。
ポケストップになってました。
場所さえわかれば大丈夫。
しかも大手門の近くだし。

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お地蔵さんを見に行った後だから、南側のお堀端を西に移動。
見つけたけど、休憩中の人が居るから正面から撮れねえ(;^ω^)

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石碑と、

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説明書き。
生國魂神社は、石山本願寺に隣接して建てられていたと言うことで、
元々この近辺に建っていた。

御旅所は夏祭りの渡御のため、昭和7年に建てられたものだそうで、
天神祭の船渡御に対して陸渡御と呼ばれていたが、
空襲で氏地が焼け野原になったため、長らく途絶していたが、
平成26年に復活したらしい。


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